「雪の妖精」

はてブ数 2003/02/01創作::小説
初めてムード優先で書いた作品。それまでテーマありきでしか書いてきませんでしたが、肩の力を抜いて「雪」について描こと考えて作りました。脱「脚本小説」をめざし、作品世界の描写に特に気を遣いましたが、背景が目立ちすぎてしまったのがやや問題でした。

雪の妖精

 教室の窓の外、いつもなら遠くの山まで見渡せる景色も今日は薄暗く、空は厚い雲に覆われている。雪はそんな空から地面に向けてしんしんと舞い降りていた。私は教室の中から雪の舞う空をぼんやりと見つめる。
「ホントだよ、ちゃんと居るんだってば!」
 視界の隅に映る清乃(きよの)の声が聞こえる。半分泣きそうな声。
「バッカみたい中学生にもなって何言ってるの」
「そうそう、アニメじゃないんだから」
 周りの子は、誰も清乃を相手にしていなかった。

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雪の妖精 ~ believe in feeling? ~
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「清乃、この先どこまで行くの?」
「まだまだ、ずっと先、一番奥のところまで行くの」
 清乃は楽しそうに微笑みそう答えた。
 雪の積もった自然遊歩道。学校のほど近い山にその遊歩道はある。葉が落ち、本来なら寂しさを感じさせる森の木々も、白い化粧をまとって優しさすら漂わせる。時々、重みに耐えかねたのか雪が落下しその音を響かせていた。たいして奥まで来たわけではないのに、すでに街の喧騒は聞こえない。
「たしかそんなに近くなかったよねぇ……」
 わざと聞こえるように呟いてみる。
 清乃は、すぐに反応した。
「そんなに、聡子(さとこ)行きたくないの? それとも私を信用してないの?」
「そういうわけじゃけど……」私はすぐに言葉を引っ込めた。
 清乃は教室でからかわれたのをかなり気にしているようで、普段見せない悲しい目をしていた。
 放課後、下駄箱で履き替えていたところで後ろからふいに声をかけられた。「聡子は信じてくれるよね?」と。清乃は私が出てくるのを待っていた様子で、私は一瞬なんのことか分からなかった。
──でもやっぱり気乗りしないなぁ……
 とはいえ、ここまで来てしまった以上、既に諦めは付いている。
「一番奥って、たしか池があるとこだよね?」
「そう、池のあるところだよ」
「あの池って水が綺麗なんだよね、たしか。今もまだ綺麗なのかな、池の水」
 そう言いながら、私は池を記憶の奥から手繰りよせる。
 この先にある小さな池はいつでも綺麗な水が張っていて、それが好きだった私は小学生の頃、友達とよく遊びに行っていた。
──そういえば、いつから行かなくなったんだっけ……
 清乃が言うには、池の辺りに丸くて平らな石があって、その上にちょこんと居るのだという。「早く会いたいよね」と清乃ははしゃいだ声で言っていた。清乃は時折思い出したかのように、楽しそうに微笑んでいた。
 私は清乃の話を信じてはいない。だけど、そんな話を無邪気に話す清乃は大好きだった。いつまでも純粋で真っ直ぐな清乃。みんなは子供っぽいと清乃をからかうけれど、私はいつまでも清乃は清乃で居て欲しいそんな風に漠然と想っている。
「聡子遅いー、先行っちゃうよ」
 気がつくと清乃は私のずいぶん先を歩いていた。

 もう歩き初めて20分ぐらい経っただろうか。どうしても歩くのがゆっくりになってしまうせいか、まだ目的地にたどり着く様子はない。雪はだんだん深くなり、ずいぶん前から足元は踝の上まで雪に埋っていた。地面も全く見えない。
 先へ進むにつれて木が多くなり、一層静けさと薄暗さが増していた。朝からの降り積もった雪が周囲の音をすべて吸い取って、歩く音と息づかいだけが繰り返し聞こえてくる。空には相変わらずの厚い雲、そして雪。白、茶色、そしてほんのちょっとの緑と灰色の世界。ここが、本当に私の暮らす町なのかと少し疑いたくもなる。
 歩きながら、ふと空を見上げる。天井覆う雲の音が聞こえてきそうなぐらいだ。そして空から舞い降りる雪。見上げて間もなく、雪を駆け上がる感覚に襲われた。天に向かって進む不思議な感覚。楽しい感覚。出来ることならずっと味わっていたいこの感覚……。
「聡子危ないよ、前見て」
 急に清乃の声がして現実に戻される。
 が、次の瞬間、左肩に鈍い痛み。叩くような低く音と共に、地面に倒れ込んだ。そして、上から落下物が私に降り注ぐ。
「聡子ー」
 清乃の声だけが聞こえる。
 どうやら、いつの間にか歩道を逸れ、脇の木にぶつかってしまったみたいだった。
 少ししてから私は体制を建て直し、体の状態を起こした。
「冷たぃ!」
 背中にヒヤっとした冷たさを感じる。落ちた雪が少し背中に入ってしまったようだ。私は、右手で服と背中の間に空間を作り冷たさを凌いぐ。雪はすぐに溶けたようだったが、今度は左肩に痛みを感じた。
「上なんか向いて歩くからだよ。どうしたの? なんで上なんか向いてたの? 怪我ない? 大丈夫?」
 清乃は私の顔を心配そうに覗き込んでいる。
「うん、なんとか」
 私は後の質問にだけ答え、それから右手で体の雪を払った。
 地面の雪がクッションになったおかげか、幸い、肩以外は痛くなかった。
「空なんか見てたら危ないよー。もー」と言う清乃。かと思うと「今の音で怖がって妖精さんが逃げちゃったらどうするの?」と続けた。
──清乃は私と妖精、どっちを心配しているんだろう?
 そんなことを考えていると、清乃は右手を私に向けて延ばした。
「痛いの痛いのとんでけー」
 一瞬言葉を失う。
「どう? 痛いのちゃんと飛んでいったでしょ?」
 なんだかすごく照れくさかった。でも清乃はそんな私の様子には気づかず、得意気にだった。
 私は、無意識に苦笑いして左手で髪を掻いた。
「うん手も動くし、肩、大丈夫みたいだね」
──あれほんとだ。
 手が動いたと思ったら、なんだか痛みも大したことはないように思えてしまう。
「どうする? 行くのやめとく?」
 そして少し間をおいてから小声で「少し残念だけど……」と呟いく清乃。
 一瞬、このまま帰るいい機会だと思った。
 でも、私は……
「うん大丈夫。いこう、か」
 先に進む私たちを、化粧の取れた裸の木が見送っていた。

「あっ見えた、池だよほら」
 そう言うと、清乃は少し足早になった。私も負けずに付いていく。これだけ疲れているのに、何故か不思議と元気が出る。
「着いたね聡子」息を切らせながら清乃が言った。
「うん」私もそう答えるのがやっとだった。
 私たちは呼吸を整えながら辺りを見渡した。
 目の前には直径20mぐらいの池があった。水面は凍っておらず、茶色い底の土がちゃんと見えた。水面に落ちる雪が触れた瞬間に溶け、池の水と一体となる。雪の大地にぽっかりと空いた、まるで大きな瞳。
 呼吸も整ったころ、私は清乃に訊ねた。
「それで、石はどこにあるの?」
 その石は、池を挟んで歩道と反対側にあった。雪は踝の倍ぐらいの深さまで積もっているけど、それでも石の側面を見ることが出来た。ほんの数cm。表面はお盆ぐらいの大きさで、まるで白いステージに映る。
 私たちはその小さなステージから少し離れたところに座る。コートを着ていてもお尻がひんやりと冷たかった。
 隣で石のただ微笑みながら見つめている清乃が居る。本当に楽しいのだろう。
 私はその妖精のことを清乃に聞いてみる。
「清乃、そのさ、どんな感じなの? 『よ・う・せ・い』って」
 いざ口に出して言うとなんだか恥ずかしい単語だった。
「うんとね」
 清乃は一呼吸して、続ける。
「私の手のひらより少し大きいくらいの、妖精さん。羽があって、浮いているの。絵本とかで見るのとそっくりで、ほんと見たらびっくりするよ。髪の毛は緑色なの。体は細くて、小さい顔があるんだけどね、本当に可愛いんだ」
 私はただ前に広がる世界をみつめながら、頷き、そして清乃の話に耳を傾けた。
「妖精さんは、雪の上で踊りを踊っているの。回ったり跳ねたり、小さい体をひねったりしながら、すごいね、すごく楽しそうに踊るんだ。それを見てると、とっても幸せな気持ちになれるんだ」
 不思議と清乃の話に魅せられそうになる。この雪の世界になら、こんな日常と離れた世界になら妖精が居てもいいと思えてくる。
「……見てみたいかも」ふと言葉が漏れた。
「こうやって待ってれば、きっと会えるよ!」
 元気一杯に清乃は答える。かと思うと、すぐにハッとして小声で「大声出したら妖精さん逃げちゃうよね……」と言った。
 空からは舞い降りる雪は、私たちをだんだんと白くしていく。私も清乃も積もる雪を払おうとはしなかった。
「雪……、雪の世界に溶け込んでいくみたい」
「この雪の世界は雪の妖精さんが大好きな世界なんだから、聡子も私もその世界の一つにならなきゃ妖精さん来れないよね」
 よく考えれば支離滅裂だと思う。でも、今の清乃の言葉にはなぜか説得力があった。
 私はわき出た疑問を口にしてみる。
「ねぇ、妖精は、普段どうしてるんだと思う?」
 今度は妖精という言葉に抵抗がない。
「えっと……」清乃は少し上を見げ、そして丁寧な言葉で続けた。「雪の妖精さんだから雪が降ってないときは、妖精さんたちの世界に居るの。そこには、水の妖精さん、星の妖精さん、森の妖精さん、氷の妖精さんとか一杯一杯居て、仲良く暮らしてるんだ。毎日、この世界にやってこれる妖精さんは一人って決まっているの。今日は、雪の妖精さんがこの世界にやってこれる日。雪が降ってるから妖精さんが来るんじゃなくて、雪の妖精さんがやってくる日だから雪が降るの」
 熱心に話す清乃の目は輝かていた。まるで、その目でその妖精の世界を見てきたかのように、次々と妖精の世界をひもといていく。
 そのうちに私もその世界を感じ始めていた。
「妖精さんたちはいつも仲よしなんだけどね、本当は火の妖精さんと氷の妖精さんだけ仲が悪いの。みんなと一緒に居るときも、火の妖精さんと氷の妖精さんはあんまり近寄ったりしないんだ」
「もしかすると……」少し躊躇しながら、私は感じたことを言葉にしてみた。「火の妖精と氷の妖精は仲が悪いんじゃなくて、二人とも大好きなんだけど近くに居ると氷の妖精が大変だから離れてるじゃないかな?」
「えっそうなの?」
 落ち着いて、それでも興味深そうな表情を浮かべる清乃。
「本当は、二人とも仲良くお話してみたくてしょうがないんだよ」
 私の中で妖精の世界がリアルになっていく。現実には存在しない、そんなことは分かっているのに。

 翌朝。
 昨日の世界はどこかに消え、空は青く太陽が輝き、雪は既に溶け始めていた。地面は所々土を覗かせ、残った雪はキラキラと太陽の光を反射させまぶしいかった。
 校門に入るところで、私は清乃の姿をみつけた。
「あっおはよう、清乃」
「おはよう……」
 声に心なしか元気がない。
──昨日のこと気にしてるのかな……
「この分だと雪、溶けちゃうね……」
 そう言う清乃の表情はどこか寂しげだった。
 校門から下駄箱までは人の通り道は雪が完全に溶けている。
「日直だから、清乃先に教室行ってて」
「うん、また」
 清乃と下駄箱で別れると、私は職員室に向った。職員室前の棚から日誌と出席簿を取り出す。昨日の雪のせいか、廊下の空気はピンと張って冷たい。教室のドアを開けると既にみんな半分ぐらい来ていて思い思いに話をしている。
 私は出席簿を教員机に置いて自分の席に着いた。みんなの話し声やストーブの低い音。それに混じって聞こえる、清乃の席からの話し声。
──清乃。昨日、森の奥に入ったいくのを見たわよ。まさか妖精を見に行ってとか言わないわよね?
──そうよ、それが何か悪いの
──それで、妖精とやらには会えたのかしら?
──返事がないってことは、会えなかったのね。当然よね、居るわけないんだから。こんなことに付き合わせるなんて聡子もいい迷惑よね。
──そうそうちゃんと聡子に謝った方がいいんじゃないの? 「子供じみたこと言ってごめんなさい」って。
──ほんとぉ、あんた何歳になったのよ?
 清乃の席は心地よくない笑い声に包まれていた。

 案の定、まぶしい陽射しで日向の雪はほとんど溶けてしまっていた。
 下駄箱で靴を履き替えながら、ふと昨日のことを思い出す。昨日、放課後の下駄箱から始まった出来事を。昨日は雪で薄暗い世界、今はまぶしい光の世界。
──ちっともリアルじゃないよ
 玄関を出たところで今日も清乃に声をかけられた。
「聡子、今日もちょっと付き合って……」
 清乃はそれしか言わなかったけど、私には十分だった。
 遊歩道は思ったよりも雪が残っていた。森の木が陽射しを遮るのか、ところどころ地面の茶色い色が見えているけど、まだ白いところの方が多い。
 昨日の情景を思い出しながら、同じ道を、同じ二人が歩いていく。
「あっこれ昨日私がぶつかった木」
 根元の雪が不自然な形をしているので、すぐに分かった。
「ほんとだね。聡子って頭よさそうで抜けたところがあるよね」
「このっ」
 そして二人で微笑んだ。今日初めてみる清乃の笑顔だ。
 今は、空を見上げてもさわやかな青しかない。青は好きな色だけど、今求めている色は青じゃなくて灰色。昨日の灰色。
「そういえば聡子、肩大丈夫なの?」
「全然平気。清乃のおかげだよ。大丈夫だと思ったら大丈夫になった、気持ちは形になるみたい」
 そしてまた、しばらく二人で歩き続ける。
 池も近づいてきた頃、清乃はゆっくりと話し始めた。
「小学生の頃だった。私はあの池が大好きだった。いつ来ても澄んだ色をしてて、キラキラ光る水が大好きだったの。母さんは危ないからって言って、たしか学校でも行っちゃダメってことになってたけど、私はよく内緒で見に来ていたの」
 清乃の言葉を聞いて思い出したことがあった。
 当時、あの池はクラスの間でひそかな人気になっていた。だけど、子供たちだけで森まして池に行くことを心配した親たち、そして小学校が池に遊びに行くことを禁止した。
──それで私は行かなくなったんだ。
「昨日みたいに雪が一杯降った日。たしかその日も小学校が午前放課になって、校庭で雪合戦をする男子たちを横目にこの道を通って池に向かった。小さかったから来るまで大変だったけど、でもあのときの、雪と池は本当に素敵だった。今でもよく覚えている」
「うん」
 昨日の景色を思い浮かべながら、大きく頷く。言葉なんか余計だった。
「池のほとりに座って、何をするわけでもなくただ眺めていたの。私、池も、そして雪も大好きだった。だからずーっと見てたの、水面に吸い込まれる雪や、地面に落ちて私の足跡を消す雪。そして私の体に積もっていく雪。みんな同じ雪なのに、みんなちょっとずつ違うの」
「そのときに会ったの、妖精に?」
 私は核心に触れる。けれど清乃の答えは予想外のものだった。
「ううん、会えなかった……」
 そのまま私たちは、無言で歩き続けた。
 間もなくして池に着いた。太陽の光を反射する池、上の雪が溶けて完全な姿を見せた石、それは昨日と明らかに違うものだった。
 私たちは昨日と同じ場所に中腰で座った。地面は、溶けた雪が土と混ざりぐじょぐじょになっていた。
 そのまま二人で変わってしまった景色を眺める。頭の中では、清乃の言葉と昨日の情景が駆け巡っていた。日常を忘れさせる雪世界。そんな白い世界に囲まれて、妖精の世界を感じることができたあの瞬間。
 やがて清乃が唐突に言った。
「雪が大好きな男の子に妖精さんが雪を降らせる物語」
「えっ?」
「私は小さいころ、それに憧れていた。会いたいって。子供の私は座って雪と池を眺めながらずっと考えてた、妖精さんたちの世界を。『そこにはどんな世界が広がっているんだろう』って。そう考えたら、凄く凄く楽しくなって、本当に妖精さんが近くに居るような気がしてきたの。それで……」
 清乃はそこで一旦言葉を止め、ゆっくりと深い呼吸をする。それから小さく頷いてから、石の方に視線を向けた。
「それで、妖精さんのことを真剣に考えながら、ふとこの石に気づいたの。雪がぽっかりと盛り上がった、ステージに。そしたらね、雪の妖精さんが踊ってた。楽しそうに、そして熱心に踊ってた」
「えっでもさっき、会えなかったって……」
「うん会えなかった。本当に妖精さんが踊ってたんじゃなくて、踊ってたように見えただけなの。だってそのとき、ハッと気づいて見たら居なくなってた。ううん、居なくなったんだと思った」
「でもなんで、それが本当に会ってないって、分かんないじゃない、そんなの!」
 無意識に出た言葉、言ってから自分でびっくりした。
「ごめん……」
 清乃は隣で俯いている。私はそれを見て我に返った。
「あっ、その……こっちこそごめん。いきなり大声だして……」
「ううん、いいよ」
 なんだか知らないけど、もどかしくて、やりきれなくて……。自分でもなんだか分からないわだかまり、それをぶつけてしまった……。
「それでさ、聡子は、本当に本当に信じてる妖精のこと?」
「……」何か言おうとするが言葉にならない。
「いいよ無理しないで。答えなくても分かってる。私だって、本当に信じてた訳じゃない。みんな私のことを子供だ子供だって言うけど、本当は分かってるの。この歳になれば、現実と空想の区別ぐらいちゃんと付いてる。そこまでバカじゃない」
 このとき、私の中で何かが崩れようとうしいた。崩れかけていた何かが、はっきりと確実に崩壊していく。
「だけど、それでもやっぱり悔しかった。私の昔の気持ちまでバカにされてるみたいで……。これじゃだめだよね、私。中学生なんだから早く大人にならなきゃ。いつまでもそんなことを大切にしてちゃダメなんだよね?」
 崩れていくもの、それは私の中で生まれかけた妖精の世界なんだと、このとき気づいた。
「多分、違うと思う」
 清乃にそして自分に向けて言った言葉。
「えっ?」
 清乃はその言葉に動揺していた。
「昨日、私と清乃が見たあの白い世界、そして二人で一緒に感じた妖精さんたちの世界。現実に存在しない、それは事実かもしれない。でも、そうじゃないんだよ」
「そうじゃない?」
「昨日、清乃は目を輝かせて妖精さんの世界を感じていた。私も、ワクワク、ドキドキしながらその世界に浸っていた。今にも雪の妖精さんが現れて、そして私たちの前で踊りを見せてくれるって、そんな感じがした。バカげてるかもしれないけど、私はその感覚を信じたい。清乃をからかったみんなは、居るか居ないか、それしか興味がなかった。でも、居るか居ないかなんて、それは全然大切じゃない。昨日私が感じたあの妖精さんの世界、そして雪の妖精さんが踊っている世界、それを感じたことが大切なんだと思う」
 清乃は私の話を真剣に聞いている。
「だから、信じよう。私たちが昨日感じた世界を、そして清乃が小さい頃感じた妖精さんの世界を。信じていれば、その世界はきっと本物だから」
「うん」
 清乃は満面の笑みを浮かべる。
 そのとき私たちの後ろで雪の落ちる音がした。

「わたしのきもち」

はてブ数 2001/09/02創作::小説
シーン小説。つまり日常のワンシーンを切り取って描写していたときの、その描写ムードを押し広げて作った作品。
たしか3作目です。今読み返すと色々至らない点はありますが、当時のまま掲載しておきます。

わたしのきもち

「残念だけど面白くないよ、やっぱり」
 部室の中には二人の生徒が居た。
「そう……」彩は元気なく返した。後ろからも分かるぐらい肩を落としている。
「はい、返すね。もう一回読んでみなよ」
 由起子は二枚のコピー用紙を彩に手渡した。紙には文章が縦書きに印刷されている。彩はそれを受け取り黙って読みはじめた。
 二人は文芸部に所属している。文芸部は月に一回部誌としてコピー誌を図書館で配布していた。由起子は絵を載せ、彩は短編小説を載せていた。部員は他にも居るが、活動しているのは実質この二人だけだった。
「由起子、やっぱり文章変なのかな。私、好きな作家の本読んで研究したんだよ」
「そんなことないよ。文章は前に比べたら良くなってきたし、これは私のおかげかな」由起子はニコっと笑う。「だけどね、前にも言ったけど……」
 由起子の意見はこうだった。彩の文章は一見市販の小説のような感じがする。しかし深く読んでみるとテーマ性、つまり中身がない。文章自体は上達して、キャラの会話も愉快なんだけど、上辺だけ流れて中核になるものが感じられない。
「テーマって言われても難しいよ……」彩は呟いた。
「なんだっていいのよ。今の小説は作者から見てどんな小説なの?」
 彩は少し考え、言葉を選ぶようにして「いつもフラれちゃう可愛そうな女の子の小説……かな」と答えた。
「そうだね。私の感想を言わせてもらうと、ちゃんと可愛そうな女の子だったよ」
「ほんと!?」
「喜ぶのは早い。可愛そうだってのは伝わってきたよ。でもねそれだけなんだよ、わかる?」
「それだけって?」
「それだけ。だからどうしたの、可愛そうな女の子が居ました。けどそれがなんなのかぜんぜん分からない。可愛そうだからどうしたの?」
 彩は黙っていた。視線を下に、自分の小説に向けている。
「小説を書くことで何を伝えたいの?」

 彩は、家に帰るとカバンを机の上に置き、そこから今日見せた原稿を取り出した。原稿を持ったままベッドに大の字に転がる。

  私、何を伝えたいんだろう、わからない。小説って伝えたいことがなきゃ書いちゃ
 ダメなの? 私は小説を書きたいんだよ。でもそれだけじゃ、書きたいってだけじゃ
 ダメなの? 小説ってなんなのよ、誰か私に教えてよ……

 翌週には部誌が発行され、表紙を由起子の描いた絵が飾った。机に座りパソコン向かうショートの女の子の絵。
「由起子、この表紙可愛いね」出来たての部誌を手に取り彩が言った。
「よかった。気に入ってもらえたみたいでうれしいよ」
「絵、だったら”可愛い”ってだけでもいいんだね……」彩がうらやましそうに言う。
「そうなの、かな……」
 絵の女の子は笑顔ではなく、ちょっぴり考えごとをしていてまたそこが良かった。
「絵が綺麗な人はいくらでも居るよ。でもそういう絵の全部が親しまれるわけじゃないし、絵が綺麗じゃなくてもファンの付く絵はあるんだよ。絵にこもってるんだと思うんだ、描いた人の気持ちが」
「気持ち?」
「そう気持ち。その絵にも私の気持ちがこもってるんだ」由起子は彩を見つめている。
「それがちゃんと出る人のことを絵が上手いって言うんだよ、きっと」
 由起子はとてもやさしい目をしていた。小説も同じだよ、彩に由起子の想いが伝わってくる。
「次はさ、自分の素直な、一番素直な自分の気持ちを書いてみなよ。小説になってなくてもいいから、いま一番感じてることをそのまま書いてみるんだよ」

 それから数日、彩はいろんなことを考えた。
 何を自分が書きたいのか、自分が今思ってることはなんなのか、自分は小説を書くのに向いてないんじゃないか、すべては無駄な努力なんじゃないか、何も言いたいことがない私は小説なんか書いちゃダメなんじゃないか……、と。

  中学生の頃、一つの小説を読んだんだ。小説家になろうと頑張る男の子が夢を叶え
 るお話だったんだ。一途で、人を楽しませることに一生懸命で、それですごく感動し
 て、私も小説を書きはじめたんだ。私も小説の楽しさをもっと多くの人に知ってもら
 いたい。私は小説を書きたいんだよ。

 彩はベッドから起き上がると、パソコンに向かって新しいファイルに文章を書きはじめた。書いては手を休め、手を休めてはまた文章を書く。机の端にはこの前出来た部誌が置きっぱなしになっていた。表紙を飾る女の子。
「まるで今の私だね」
 彩はそっとつぶやく。

 翌日、部室で彩は由起子に出来た原稿を手渡した。
「えっもう書いたんだ」
「私、いっしょうけんめい書いたよ。こんなんじゃダメ、かな?」
「早速読んでみるね。えっと、タイトルは……」


  わたしのきもち